意識と無意識の治療的活用

前回の話の中で、学習段階における意識と無意識の話題を出しました。

なぜ、意識を伴うと治療がうまくいかないのか。

意識というのは、現在の脳の中で様々な神経系の活動の中で電位が強く、閾値を超えた部分とします。

例えば、何か景色や活動をしている時に外的cueが入り、ある事象に対しての電位が上がり意識となり場合によっては言葉になります。

なにか一つのことに向かっていく意識をNLPという心理学ではアソシエイトといいます。アソシエイトは感情を伴いやすい特徴があります。

ある一つの方向に思考が向いてしまった場合、執着やストレスという状態になります。つまり、その事象に強く囚われて、他の情報が取り入れることができない。

逆に、自身から離れてすべてを客観視した精神状態をディソシエイトといいます。この状態は自分を見ている自分(傍観者意識)ともいいます。思考が何ものぼってこない状態で瞑想や内省の状態です。つまり、無意識ということになります。

東京大学 の 鄭,志誠 学位論文

無課題安静閉眼時における、瞑想者と非瞑想者健常群の脳機能局在化画像の比較の要旨抜粋にて

瞑想をしない健常群に比較し、瞑想実践者では、脳前頭部(前頭前野の一部、前 帯状回)でデルタ活動上昇、そして、頭頂/後頭部(運動野、2 次体性感覚野、視覚 野)でデルタ活動減少が認められた。デルタ活動は、皮質の抑制化を示すものと考 えられている為、瞑想実践群では、瞑想をしない健常群に比較し、脳前頭部が皮質 活性化、頭頂/後頭部では抑制化が、推測された。これらの脳部位の局在機能に鑑み、 瞑想群では、高度な認知活動中ではなく、安静閉眼中では、現在体験中の行為に対 する、熟考、主観的感情の評価、分析、論理的理解などの機能が、健常群に比べて 減弱化している可能性が推測されうる。そして逆に、健常群に比べて、体外、体内 環境からの、感覚情報の収集、統合の機能は増強している可能性が推測される。こ の結果は、長期瞑想者の主観である、現在進行中の出来事への無執着化、知覚の 鋭 敏化の傾向と一致し、日常生活時にも 持続されている事が推測されうる。そしてこ れは、一過性の状態(state)変化から持続的変化(trait)の可能性を示唆するものと 考えられる。

つまり、ディソシエイトでは感覚情報の強化と統合の強化が得られる可能性があるということです。つまり、より良く引き込み合えるのではというのが私の考えです。


一流選手のスーパープレイなんかもインタビューの際に「なにも考えてなかったけど、体が動いた。」なんていう発言がありますよね。無我の境地です。

うまい治療者もみんな、とても自然にこのことをやっています。
逆に、「この手技はこうやって、この姿勢で、こういう手順で、」なんていうことを意識してやってるうちはなかなか結果がでないもんです。

つまり、学習段階における、意識的有能から無意識有能にあげる意味があるのはここにあります。

なので、手技は常に練習して体に覚えてもらわないとですな。コリハ事務局